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尊仏山荘・ユーシン


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2014年4月 尊仏山荘・ユーシン

明日の朝5時に目覚ましをかけ、雨や雪でなければ行ってみよう。溜まったストレスも解消したい。こんな時は丹沢が待っていてくれる。

平成25年3月3日 リリリーン 5時、跳ねるように起きた。毎朝の日課の腰と腿裏のストレッチを知らないうちに始めていた。なぜか体が軽い。機能下着の上下を身につけ、こないだ好日山荘で買ったメリノウールのインナーを着、20年来のフリースをはおり、最後にゴアテックスのアウター。下はインナー付きのズボン。靴下は毛の厚手1枚である。靴は昨夏買ったオールシーズン用で少々重いが安定感がある。実は昨年石井スポーツで「古い靴底は一気にひび割れが来て危険」のはり紙を見て、ビブラム底の張り替えを頼んだところ3か月かかるというので、やむを得ず買ったのである。前回はアイゼンが緩みやすく何度か留め具を締めなおした。右足内側のスパッツの留め具がはずれているのに気付かず、左のアイゼンに引っかけた。運よくトレッキングポールのおかげで転ばずに済んだが。

東名上りは日曜日渋滞するので車での入山はやめ、成城学園前の駅近くのコインパーキングにとめた。小田急線の中でどのコースにするか考える。大倉尾根はちと長いし、前回行ったので止めよう、そしたら残るのは伊勢原からの大山か、ヤビツ峠からの大山か表尾根になる。地図を見ながら天気もよさそうなので、ヤビツから表尾根に決めた。表尾根はだいたい頭に入っている。
富士が見えるといいんだが。秦野から7時30分の始発バスまで30分ほどあり奮発してタクシーにのった。

ヤビツ峠は閑散とし、その先の富士見橋も誰もおらず、トイレも冬季で使用中止になっていた。7時45分表尾根にとりついた。最初は少し急な斜面をマイペースでゆっくり行く。初めの30分は一日の調子を占うので少し苦しくても休まない。今日はいつもより調子がいい。昨日酒を少し控えたからかな?とりつきからの一人きりの贅沢な登りも40分ほどで終わり、二の塔の頂上では始発バスの人たちに追い越された。いつも登り始めて思うのだが、なぜ山に来てまでそんなに急ぐのか?老若男女を問わずほとんどの人が競っているように見える。私はいつものマイペース、バテないように体力温存。体力の配分は登りに1/3、下りに1/3、余力に1/3が理想的。そうはいっても一人で登り始めたころはうまくいかなかった。他の登山者に遅れまいと無理について行き、バテてしまい、結局は大休止をとり遅くなった。次第に慣れ、追い越されてもあまり気にしないようになった。年齢相応に体力が落ちているんだと自分に言い聞かせている。決して丹沢を甘く見ているのではないが、今日のコースなら終バスに間に合えば良いし、ヘッドランプで下山できる。これも一人歩きの良いところ。

陽を浴びながらブナの森の中で少しずつ高度をかせぐ。ときおり聞こえる風の音と鳥のさえずり、靴音とクマ笹に体がこすれる音以外は全くの静寂の世界だ。いやなことは忘れ、普段のストレスも少しずつとれていく。こびりついた垢が少しずつ洗い流されていく様だ。

曇り時々晴れ、0℃。日陰は雪が残っていてキックステップで進む。一月ぶりなので体力は少し落ちているようだ。
始発から2番目のバスの客に追いつかれたころ三の塔に着いた。ここからの下りは斜面がややきつく、北に向いているので残雪も多い。アイゼンを履くことにした。昨年暮れに買った10本爪のアイゼンも今回3回目で少しは慣れた。北面以外の雪のないところは泥が多いので、アイゼンの裏側に泥がこびりつき、ダンゴ状になると爪が効かなくなる。時々岩を上から蹴りこんだり、トレッキングポールで泥を落としたりしながら行く。岩の上では爪は効いているが足首への負担はかなりある。この先の行者岳の下りにクサリ場もあるので我慢してはずさないで行くことにした。その後はずすタイミングを失い、塔ノ岳山頂まで履いたままだった。脚は重く、アイゼンを履いていない登山者にさんざん追い越された。

不思議なことに山頂に近づくとペースを上げて他人より早く到達しようとする者がいる。とりつきとは違って分からないではないが「そんなに急いでどこへ行く」。横を肩が触れんばかりに大股で追い越していく。バランスを崩しそうになる。人の邪魔や石を落とさないでほしい。マナーの悪い人が増えたようだ。
ようやく山頂だ、50人ほどが休憩している。晴れてはいるが富士には雲がかかり残念。下りで見えるといいんだが。

用がなければ山小屋に入ることはない。しかし、右腿の付け根に張りが出ており、暖を取るのも良いかと尊仏山荘に入った。中は薄くらいが次第に眼が慣れてきた。小屋のおやじさんが3人おり、40代・50代・60代だろうか?日焼けしそれなりに皺が刻まれているが3人とも穏やかな表情をしていた。コーヒーを頼むと挽いてから入れるので少し待ってくれという。ミルクと砂糖はと聞かれ、年長のおやじさんがテーブルまで持ってきてくれた。雲の切れ間から少しでも富士が見えないかと外を見ながらコーヒーを飲んだ。

しばらくすると山小屋が古巣のように居心地良くなり、なんとはなしに去年のことをしゃべり出していた。実はここに泊まりに来ようと思い電話で予約したのだが、家族に鼾がうるさいから迷惑じゃない?の一言でキャンセルしたのだ。年長のおやじさんには鼾をかく奴なんかしょっちゅうだよと一笑に付された。50代のおやじさんはある客の話を実演を混じえてしてくれた。寝言を言いながら夢遊病者の様に廊下を歩きまわり、他人の寝ている部屋に入り込もうとしたところを仲間に止められたそうだ。居合わせた数名の客たちも聞き耳を立てていたが出発していった。入れ替わるように新しい客が入ってきたので注文やらで話はいったん中断した。客がそれぞれ落ち着くと、おやじさんたちは退屈そうに茶を飲みだした。

山で大休止を取るとたいていは行きたいところに思いを馳せる。
ユーシンは丹沢のヘソの様に位置し、東に塔ノ岳~丹沢山、北に蛭が岳、北西に檜洞丸と丹沢の主な山々の中心にある。どの山頂までもコースタイムでおよそ3~4時間であり、大きなロッジもあり登山基地といってよい。しかし、玄倉からユーシンへの林道のトンネルに崩落があり、復旧工事のため車は入れず、今はロッジも閉鎖されている。アクセスが悪いので日帰り中心の私にはなかなか行けない。
そこで私は話好きの50代のおやじさんにユーシンの事情を聞いてみた。トンネルの崩落に加え、ユーシンにボヤがあったことも復旧が進まない理由ではないか。ここからは2時間の下りで、テントも張れるので気楽に行ってくださいよと勧められた。

話が途切れ、疲れが出てうつらうつらするとH先輩の声が聞こえてきた。「ユーシンからの登りでは、、、犬越路を過ぎ、、、ユーシンに戻り、、、」理科の授業で使う階段教室、土曜日の蒸暑い午後、多分昭和44年9月のことだろう。山岳部の夏山合宿の学年別の報告だ。繰り返し出てくるユーシンという言葉は中学生の私に遠い憧れの山小屋のイメージを残した。
翌年眼病にかかり1年半ほど部活を休んだためユーシンでの合宿には参加できなかった。その後最近まで丹沢から遠ざかっていたが、一昨年の秋から何かに取り憑かれたように再び丹沢に登りだした。

気が付くと30前後の女性客が泊まろうかしら?などと年長のおやじさんと話している。貸切ですよと言われ笑っている。

2時30分そろそろ下山しなくては。小屋を出て曇ってきた空を見たが、富士の下方にあるはずのユーシンの方角には何も見えなかった。氷点下ではないのか雪はいくらか水を含んでいる。アイゼンなしで一気に下りることにした。花立山荘以下は雪が解け泥の世界。山荘に1時間ほどいたのでしんがりになった様だ。誰にも追い越されなかったが、富士は最後まで微笑んでくれなかった。

表尾根から塔ノ岳に登り、尊仏山荘で一泊、翌日ユーシンに下り、林道で玄倉へとルートを何度か描いた。それにはおやじさんたちに一升瓶をもっていかないと。紙パックなら瓶ほど重くないな、2㎏くらいか。
鼾は気にしないことにしよう。眠ったもの勝ちだ。

よぎクリニック 内科 泌尿器科

與儀實夫